女子十二楽坊 vs. 台湾独立

〜「中国版美女軍団」の政治利用〜

Originally Written: Jan. 05, 2004(mail版)■女子十二楽坊 vs. 台湾独立〜「中国版美女軍団」の政治利用■
Second Update: Jan. 05, 2004(Web版)

■女子十二楽坊 vs. 台湾独立〜「中国版美女軍団」の政治利用■
03年末、歌手でもないのに『紅白合戦』に出場した女子十二楽坊のバックには、中国政府が付いている。04年の台湾総統選で陳水扁が再選されると、08年北京五輪前に台湾が中国からの独立を宣言し、中台間に(軍事的)緊張が生じる可能性が高い。その際、台湾側は日本の世論を味方にするため(元)野球選手を使うが、中国側は十二楽坊を使うだろう。
■女子十二楽坊 vs. 台湾独立〜「中国版美女軍団」の政治利用■

■女子十二楽坊 vs. 台湾独立 〜 「中国版美女軍団」の政治利用■
【前回の「サダム・フセイン拘束のウソ」は → こちら

04年3月には台湾総統選がある。
現総統の陳水扁(民進党)は、総統選と同時に、台湾をねらって中国が台湾海峡沿いに配備したミサイルの撤去を求める住民投票を実施すると発表した。

台湾政府は「これは台湾独立とは関係ない」とは言うものの、台湾住民が中国を「外敵」として民主的意思表示をする最初の機会となることから、中国側は「台湾が中国から公式に独立するための布石だ」と批判している。

中国側の批判はたぶん正しい。
なぜなら、台湾の本省人(台湾本来の住民。台湾人口の8割以上)にとって、すでに事実上独立している台湾を独立国として世界に認めさせ、台湾を真に自分たちの民主国家として奪回する機会は、08年北京五輪までの4年半しかないからだ。

●現状は永遠に続かない●
台湾の外省人(第二次大戦後に中国大陸から移住した住民とその子孫。90年代まで台湾を独裁支配した国民党の支持者が多い)は、台湾を勝手に「中華民国」と呼び、中国の一部とみなすことで「中国人」である彼らの特権的支配を正当化して来ただけに、台湾が真に民主化することを恐れ、陳水扁や民進党への台湾住民の支持を減らすため、いろいろ画策している。

国民党(江丙坤副主席)は言う:
「台湾経済の発展には大陸(中国)との経済関係が不可欠」
「陳水扁の性急な『民主化』(住民投票)は中国を怒らせ、台湾のカントリーリスク(中国の軍事介入を招く恐れ)を高める」
「(すでに事実上独立しているのだから)中台関係を安定させ現状維持したいのが台湾住民の本音だ」
(産経新聞03年12月30日付朝刊7面)

たしかに台湾はこの半世紀以上、事実上の独立国だった。中国(中華人民共和国)は一度も台湾を支配したことがないのに、台湾が国民党政権時代に中華民国と名乗ったことだけを根拠に、その領有権を主張しているにすぎない。

が、「現状」は永遠に続かない。
中国は着々と軍拡を続けている。台湾海峡には何百もの弾道ミサイル配備し、核兵器も保有し、空母の建造まで準備している。
いまはまだ西側製の最新鋭戦闘機や艦船を多数保有する台湾側が台湾海峡の制海・制空権を握っているが、いずれ逆転する。そうなると、中国軍は台湾本土へ侵攻せずとも、圧倒的な軍事力で台湾を海上封鎖する、いや、封鎖すると脅すだけで流血なしに台湾を軍事制圧することも可能になろう。

もちろん「そんなに軍事力の強い中国なら、経済力も強いはずだから、台湾住民は経済的繁栄のために民主的に中国の一部になることを選ぶ」という可能性もないわけではない。

が、中国が不完全ながら市場経済をとっている以上、その成長は永遠には続かず、いずれ必ず不況はやって来る。そして、中国には民主的な政権交代のルールがないため、不況による中国国民の不満は、98年のスハルト独裁体制下のインドネシアと同様に一気に爆発し、体制崩壊の危機に直面する恐れがある。中国はその4000年の歴史の半分以上分裂状態にあり、各地域の独自性独立性が強く、国家分裂の危険性は常にある。しかもそれは、市場経済の進展により豊かな沿岸部・都市部と貧しい内陸部・農村部の経済格差が広がったため、いっそう深刻化している。

そのとき中国政府は、国家分裂の危機を回避し国民を団結させるため、対外軍事行動に打って出る可能性が高い。もちろん、その際の攻撃対象は、常日頃自国の領土と公言してきた台湾だ。
台湾側から見ると、現状のような経済成長が続く「強い中国」もこわいが、成長が止まって分裂しそうになった「弱い中国」はもっとこわいのだ(99年の米国防総省報告書『アジア2025』)。

●千載一遇●
台湾の独立派にとっては幸いになことに、中国はうっかり08年の北京五輪を招致してしまった。これは千載一遇の好機だ。

中国側は常々「台湾が独立宣言したら軍事介入する」と公言して来た。が、たとえば07年に台湾が独立宣言すると、どうなるだろう?

中国側は、台湾独立の動きを「台湾海峡両岸(中国と台湾)の人民の利益に反する挑発行為」と呼んで非難している。が、「挑発」といっても、べつに台湾側が大陸を軍事攻撃するわけではない。ただ「元々独立してるんだから独立国と認めてよ」と世界に向かって口で言うだけのことだ。

口で言っただけの相手に向かって中国が「いままで公言してきた以上、仕方がない」と軍事力を行使したら、世界の世論はどう思うか?

大半の国際世論は、中国政府の複雑な領土主張など理解しない。ただ、言論に暴力で応える国の野蛮さだけを理解する。そして間違いなく「北京五輪ボイコット」の国際世論が巻き起こる。

もし多数の大国が五輪不参加となれば、それは事実上の「経済制裁」であり、中国大不況の始まりになる。その際には、上記のように民主的政権交代のできない中国では、一気に現在の共産党独裁体制が危機に瀕することになる。

したがって、北京五輪前に台湾が独立宣言をしても、中国政府は軍事力は使えない。そして、独立宣言後も中国が「公言どおり」の行動をとらない事態が1年以上続き、その間、北京五輪が無事に開催され、中国の経済も国際的地位もなんの影響も受けないという「既成事実」が残れば、中国の「公言」はそもそも誤りであった、ということになり、中国政府内で数人の指導者が失脚するだけの「コップの中の嵐」で一件落着となるはずだ。

逆に、台湾が独立宣言することなしに北京五輪を迎えてしまうと、もう二度と宣言する機会はなく、五輪後はずっと、将来軍事力の強くなった中国が(台湾本土侵攻はせずとも)海上封鎖をするかもしれない、という恐怖の中で、台湾住民は暮らさざるをえなくなる。

00年の総統選で陳水扁が選ばれたあと、おもに外省人の支配する台湾企業は中国で安い労働力を得るという「目先の利益」に目がくらんで、工場を次々に台湾から大陸に移転させたため、台湾経済は空洞化し、不況と失業が深刻化した。政財界のほかマスコミ界をも牛耳る外省人や国民党は、この不況を陳水扁政権のせいにする「こじつけ報道」で、世論を味方にし、04年の総統選に勝とうとしている。

が、「現状維持」を説くのは無責任だ。
現状が永遠に続かないことは明らかなのに、外省人や国民党は、自分たちの目先の利益や地位を守るために当面現状を維持したいと言うだけで、10年後、20年後の台湾の自由や安全保障についてはなんの展望もない。もし台湾住民がこの外省人らの世論操作に惑わされて04年総統選で国民党の候補を勝たせてしまったら……その任期は08年の五輪開催年まで続くので……台湾は永遠に独立の機会を失う。

この「取り返しの付かない失敗」を防ぐため、陳水扁は「独立世論」を高める目的で、04年総統選にあわせて「反中国的な」住民投票を仕掛けた。
そしてこの策は成功した。陳水扁の「挑発」への批判を中国が強めれば強めるほど、台湾住民の中国への反感が高まり、世論調査での陳水扁の支持率が上がるからだ(産経新聞03年12月27日付朝刊5面)。

日米両国政府は、自国内の親中国派政財界人や、北朝鮮問題で中国の協力を得なければならないという「弱み」への配慮から、「04年3月の住民投票は好ましくない」と発言しているが、余計なお世話だ。
上記のように、08年五輪の前は、中国の共産党現政権は、台湾に対していかなる軍事力も使えないからだ。陳水扁もこのことをわかったうえで、台湾住民に「実は独立宣言をしても安全なんだ」ということを理解させるために「安全な挑発」を繰り返しているのだ。
【五輪と台湾独立の関係については以下の拙著『龍の仮面(ペルソナ)』を参照。】

●独立シミュレーション●
さて、04年に陳水扁が再選され、彼が五輪前に独立宣言をした場合の、中台両国政府の行動をシミュレーションしてみよう。

五輪を控えているので中国は海上封鎖を含むいかなる軍事行動もとれないが、「公言」してきた手前「はい、どうぞ」とも言えない。
さしあたり五輪前に中国政府が行うのは、世界に「独立台湾を承認するな」と呼びかけることだ。その際、中国政府は現在の言動から見てこう言うだろう:

「台湾の民意は中台統一にある。陳水扁は台湾住民の支持を得ていない」

この理屈は中国国内や香港のマスコミでは通用するが、国外で通用させるのは容易ではない。とくに日米など言論の自由のある国で訴えるのは難しい。

が、中国政府はかつて「北京に特派員を置きたければ反中国的な報道を控えろ」と脅して、産経新聞以外の日本のマスコミに承知させたことがある(「日中記者交換協定」不参加の産経は数十年間追放された)。また、韓国政府が、将来の「日本文化全面解禁」後の、日本のTV番組の輸入をエサに、02年W杯サッカーにおける審判買収疑惑を日本の主要メディアに一切報道させなかったことも、中国は当然知っている。

したがって中国は、台湾の旧宗主国であり、もっとも経済関係の深い経済大国・日本の世論をある程度統制、懐柔できると考えるはずだ。となると、そのために日本のマスコミをアメとムチで操って、中国政府お抱えの論客をTVなどに送り込み、中国政府の主張を訴えるだろう。

たとえば日本語の堪能な政治学者、朱建栄・東洋学園大学教授らを討論番組に出演させ、日本国民に中国政府の主張を吹き込もうとするだろう。
これに対して、台湾側はどんな人材をTV出演させるだろうか? やはり学者だろうか?

●台湾の切り札●
実は台湾には、中国側が到底太刀打ちできない、強力な切り札がある。(元)野球選手だ。
郭泰源(元西武)や郭源治(元中日。日本に帰化)は日本の球界で大活躍したので、ある年齢から上の日本の野球ファンならだれでも知っている。

もちろん彼らは日本語力でも討論能力でも、朱建栄のようなインテリには到底およばない。が、彼らがワイドショーに出演し、たどたどしい日本語で次のように訴えたら、どうなるか?

「台湾は中国に暴力は使わない。ただ口で言っただけ。なのに中国は台湾を暴力で脅す。私の家族が中国軍に殺される。日本、助けてほしい」

郭泰源らが涙を流して訴えれば、朱建栄がどんな高尚な理屈をこねようと関係ない。郭泰源の涙を見た瞬間から、日本中のワイドショー視聴者はみんな台湾支持者になる。これには中国は打つ手がない。

日本は台湾にいちばん近い西側の大国で、かつ中国とも深い経済関係がある。もし、日本政府が「ワイドショー世論」に動かされて「独立台湾」を承認してしまえば、欧米諸国も「どうやら承認しても中国権益を失うことはないようだ」と判断してあとに続くだろう。だから、台湾独立時に日本の世論がどうなるかは、ある意味で米国世論以上に、中国にとっては重要なのだ。かつて70年代、田中角栄首相が米国に先駆けて中国を承認して台湾と断交したように、日本は(他の外交はともかく)地理的に近い東アジアの外交では、米国から自立して行動する可能性がある(それは01年9月17日の小泉訪朝にもある程度見られる)。皮肉なことに、この日本の「対米自立性」が台湾独立時には中国に不利に作用するのだ。

そして、中国の首相や大使や学者が束になってかかっても、元野球選手1人にかなわない。この戦いに持ち込まれると、中国にはまったく勝ち目がない。

【NBA(全米プロバスケットボール)のスター、姚明は米国で得た所得の相当部分を中国の公的機関に納めるなどいまだに中国政府の一定の管理下にあるが、彼を上記の朱建栄のように使うことはできない。米国と同様民主的な選挙で選ばれた台湾政府の「独立宣言」を、中国が軍事力をちらつかせて抑圧することは、米国の基準では「非民主的」であり、そのような非民主的な主張に姚明が賛同しているとなれば、姚明の米国内での人気は急落し、CM出演の契約なども次々に打ち切られるからだ。また、たとえ姚明が、莫大な所得を失う覚悟で「愛国的な」主張をしたとしても、日本で知名度のない彼は、日本の世論懐柔には使えない。】

この中国の致命的な弱点について小誌は数年前から述べていたので、おそらく中国政府も気付いているはずだ。

●女子十二楽坊のナゾ●
やはり気付いていて、対策をとったようだ。
中国には日本と違って、言論の自由や、職業選択、居住移転の自由のような基本的人権がない。それは、姚明の稼ぎを中国の官製団体が歩合制で巻き上げていることからも明らかだ(03年11月30日放送のNHKスペシャル『地球市場・富の攻防(9)最強商品・スーパースター』)。
となると、最近中国が日本に送り込んで来たミュージシャン、女子十二楽坊も中国の「官製アイドル」であると見て間違いない。

そもそも歌手でもない彼女らが03年大晦日のNHK『紅白歌合戦』に出場したというのは、おかしいではないか。
「歌わなくても出場していい」のなら、日野皓正だって国府弘子だって、極端な話、N響だって出場資格があるはずだ。インターネット上の海賊版ファイル交換システムやパソコン用CD-Rの普及で、ジャズやクラシックの演奏家もみんなCDが売れず収入が減っているのだ。『紅白』という日本最大の宣伝機会を得られるなら、出たい演奏家はいくらでもいる。

半世紀以上続いた『紅白合戦』の伝統をNHK側が発案して変えることはまずありえない(次の年から演奏家の売り込み殺到でパニックになるからだ)。これは「(歌わないけど)出場したい者」の側が、よほど巨大な力を背景に交渉しない限り不可能だ。
もちろん、その「巨大な力」は中国政府以外にありえない。

とはいえ、十二楽坊は中国と日本以外ではほとんど無名だ。今後、ギャラのよさから見て、中国より日本を主たる活動の舞台にすることは間違いない。そうなると、日本国内にいる間は、日本国憲法上の人権が彼女らにも適用されるので、彼女らは日本人と恋愛しようが結婚しようが、また反中国的な言動をとろうが自由…………ではない。

彼女らの家族は中国にいる。中国では、犯罪者を刑罰として刑務所に入れる場合は裁判が必要だが、「反革命分子」を労働改造所に強制収容する場合は(刑罰でなく「教育」なので)裁判が要らない。だから、もし十二楽坊のだれかが国外で「反中国的な」言動をとったら、翌日には彼女の親は労働改造所送りになる恐れがある。そして、このことがわかっているので、国外在住の中国人は言動を慎むのだ。

映画『ラストエンペラー』の女優ジョアン・チェンが、星条旗に忠誠を誓って(星条旗が象徴する、中国にはない「自由」がほしくて)米国籍を取ったくせに「アメリカのパスポートのほうが海外で活動しやすいから国籍を変えた」などとウソをつかざるをえないのは、彼女がいみじくも述べているように両親が上海にいるから、また、彼女の祖父が文革時代に弾圧されて自殺に追い込まれており、中国の人権弾圧のこわさを知っているからだ(朝日新聞99年8月28日夕刊1面)。

●中国版美女軍団●
それでも、どうしても自由に目覚めて亡命などの反中国的行動をとる者が十二楽坊のなかから出たら、どうするのか? とくに外国人と恋愛した場合はそうなる可能性が高い。

が、対策は簡単だ。日本で活躍して有名になっているのは十二楽坊の「全体」であって、個々人ではない。もし、メンバーのなかに反中国的な傾向のある者が現れたら交代させればよい。いくらメンバーを入れ替えても女子十二楽坊という「ブランドネーム」は変わらないから、こういうグループは一度デビューしてある程度の知名度を得てしまうと、メンバーを入れ替えながら、半永久的に活動を続けることができるのだ。

十二楽坊の産みの親、王暁京プロデューサーはかつて中国ナンバーワン・ロッカー、崔健を日本に売り込もうとして失敗した経験があるので(人民日報Web版03年12月22日)おそらく十二楽坊については「モーニング娘。」を手本に戦略を練ったに相違ない。
(^^;)
絶対に反国家的な言動をとる心配がなく、国外ではいつも団体で行動する、となると、なんとなく北朝鮮がしばしば韓国に送り込む「美女軍団」と似てなくもない。もちろん「中国版」のほうが魅力があるのは確かだが。

十二楽坊の結成は01年。その中国国内でのデビューコンサートは、北京五輪開催決定の直後だった。
もちろん十二楽坊のプロデュース自体は「世界第2の音楽市場を制覇したい」という王暁京のビジネス上の野心から出たことは間違いない。が、すべての芸術活動は「国家や人民の利益に反しない」範囲内で行われるよう中国共産党が指導し制約していることもまた、中国の政治体制から見て間違いない。

たとえ中国政府がデビュー当時の十二楽坊になんら政治的価値を見出していなかったとしても、台湾が独立の動きを強めたときには、確実に彼女らの利用価値に気付くはずだ。

はたして彼女らは日本の世論を説得できるだろうか? 郭泰源に、台湾に勝てるだろうか?

筆者が中国政府の対日外交責任者なら、王暁京に命じてメンバーの1人を入れ替える( http://news.searchina.ne.jp/topic/005.html )。新メンバーは(演奏能力より)日本語会話力と容姿と、「党と国家の方針」に対する理解力とを重視して選び、彼女だけは単独で日本の雑誌の表紙やグラビアにどんどん登場させ、TVの娯楽番組にも精力的に出演させる。

その場合、台湾側はけっこう苦戦するだろう。

【この問題については次回以降も随時(しばしばメール版の「トップ下」のコラムでも)扱う予定です。
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 (敬称略)

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